古代の単身赴任
近所に「出作」という地名があります。
高松市郊外の田園地帯で、今も農地が広がっています。
最も、現代では、香川は、日本一面積の狭いところですから、広大というわけには行きません。
しかし千年以上前では、讃岐の国は起伏の少ない、開墾しやすい地形だったのでしょう。
近くに、三条、六条などの条里制の後の地名もあります。
このあたりを、南海道も通っていたようです。
最近の道路新設前の発掘調査で水路なども見つかっているようです。
文化財保護法で、調査が優先されるようです。
何もしないで上からかぶせてしまうよりはいいのかもしれません。
余談。
掘れば遺跡、遺物が出てくるのはある意味、不思議です。
時代は、上に上にと覆いかぶさっていくのでしょうか。
横に押し流された者もあるでしょうが、その上にも積み重なっているのでしょう。
閑話休題。
「出作」は、出作小屋からきたのでしょうか。
当時の農村は、開墾で広がっていたのでしょう。
居住地からの距離が次第に離れていったのでしょう。
農作業に往復していては間に合わなくなって、出作小屋を建てて基地にしたようです。
歌集(名は忘れました)に、一人、出作小屋で夜を過ごした男の、妻をこうる歌が残っているそうです。
当時の単身赴任でしょうか。
農業は、当時の最先端ビジネスだったのでしょう。
今の世の、海外単身赴任と同じような気がします。
