蓮井内科医院
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馬耳東風

この言葉は、いい意味なのだろうか。悪い意味なのだろうか。
いい意味ではないと思うのだが、どうもひょっとしたら思い違いをしているのかと不安になる。
無益なことをいくら吹き込まれても、気にせずに受け流して置けることは、いいことなのだろう。
ただ、東風というからには、ありがたくないはずは無いので、受け流すことは横着なことではないか。
理解できなくても、何がしかの感じは得られるのだろう。
同じような言葉で、「馬の耳に念仏」という言葉もある。
「馬の耳にも念仏」というのもあったように思う。
馬の耳に念仏とは、中途半端に偉い人(=本当には偉く無い人)が、はき捨てる言葉のようにも聞こえる。
縁なき衆生は度し難し云々と。

ほんとに偉い人の言葉は、馬の耳にも念仏で、馬でも何がしかの感慨が起こるやも知れぬ。
「馬の耳に念仏」という者が馬であれどうなんだろう。
話が通じてない、説明できない、決まっているようにやっただけ、私は間違っていない等々。
最近、将の立場にいるけれど、実のところ、器ではないということが、あからさまになってしまうことが多すぎないですか。
トップになって、したいようにできる場合は、個人的な立場の場合だけでしょう。
突撃が得意な人が、突撃の場面で登場することは、まず無いでしょう。
ほとんどの場合、不得意な場面での役回りになります。
これがこなせる人が、本当の将の器でしょう。
私の得意の場面がまだ来ないといって居座る人は、大いなる勘違いでしょう。
早々に引き上げたらよろしい。
「お呼びで無い?」「お呼びで無い。」「こりゃまた失礼いたしました。」

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