蓮井内科医院
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古いノート

生来の怠け者だから、身の回りにいろいろな物が積み重なってしまう。
必要になったときに、積み重なった山から、目的物を掘り出して何とかしのいでいいるが、小規模ななだれなどはやり過ごしているが、やはり時期が来るとどうにもならなくなってしまう。
あきらめて整理にかかると、全く使っていないノートが出てくることがある。
表紙などは、上に物が乗っていた部分は、そのままではみ出していたところだけ日焼けしていたりする。
めくってみると、新品の風合いはもうなくなっていて、パラパラとはめくれない。
重さのせいだけではなく、すこし湿った感じもする。
それでもページには何も描かれていないから、処分してしまうのも気が引ける。

見つからなければ、なくなったも同然なのだから処分してもよさそうなものだが、処分できない。
また何か使うこともあるだろうと思って、とっておくことになるが、同じことを二三度繰り返したこともある。
三度目くらいになると、もう無理やりになにかを書いたり、計算に使ったりしてみるのだが、こういうときに限って用がない。
必要なときに、必ず行方が分からなくなるという法則もあるようだが、隠れていた者が偶然見つかるときにも、利用できないときに見つかってしまうという法則もあるのかもしれない。
はっきりしているのは、自分が怠け者の他に貧乏性でもあることだろう。
戦後に、菓子の包装紙などで代用した葉書も残っているので、そういうものを子供のときに見た刷り込みのせいかもしれないと、ぶつぶつと一人言い訳をしているような気分ではあります。

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