蓮井内科医院
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2006年09月30日

黒衣

「くろご」と入力したら黒子と変換されました。
黒子は「ほくろ」のはずですが。くろごでもいいのでしょうかネ。
上は余談です。
歌舞伎などで役者のほかに黒衣を着た人が動き回っています。
顔を見せないようにしていて、いくら見えても見えないものとするというのが日本の約束事です。
日本の芸能の世界では普通の約束事なのかも知れませんが、世界的にはそういうことはあるのでしょうか。
芸能の世界でなく、普通の社会的な組織体では役割分担として、代表者とそのスタッフという関係は世界的にも普通のことでしょう。

上手く言っている組織は、それぞれの役割を的確にこなすことで正常に運営されますが、最近はおかしな組織が多くなってきているのかもしれません。
わかりやすい話は裏金。
組織としてはありえない話ですが、いくらでも存在しているようです。
黒衣が悪いのか、踊らされる役者が馬鹿なのか。
反対もあるでしょう。
アドリブで踊る役者に追い詰められる黒衣。
全く見たくも無い猿芝居ですし、これが日本人とも思いたくも無いが、現実は厳しい。
教育問題が話題に上っていますが、緊急、最優先の教育問題は大人の教育でしょう。
負け戦のけじめもつけられないような無責任が、後ろ暗さになっているのでしょうか。

2006年09月26日

ジャンボタニシ

やっと涼しくなってきました。
この夏はあまりの暑さに、じっと引きこもりを決め込んでいましたが、九月も半ばを過ぎて、風もやっと涼しくなって誘われるように散歩を再開しました。
稲刈りの終わった田んぼもボツボツ在りました。
気持ちよく歩いていたのですが、田んぼ脇のコンクリートの水路の壁に、なんとも不似合いなピンク色の塊がたくさん張り付いているのを見つけました。ピンクのガムを貼り付けたように見えます。
なんとも似合わない雰囲気です。
外来種のタニシが棲みついているという話は聞いたことがありました。
これがその卵なのでしょうか。

タニシは卵をうむものですか。
子供の頃には、タニシの卵などなかったように思います。
すこし調べてみると、日本のタニシは卵胎生で、この外来種のジャンボタニシは卵生なのだそうです。
食用に移入したそうですが、やはり人為的な発想と行動は、自然環境の中では、上手くいかないようです。
見るからに違和感がありました。
この色が日本の自然に溶け込むにはどれくらいの年月がかかるのでしょうか。
それまで無事に自然が保たれているかどうか、危ういかもしれませんが。

2006年09月20日

木鶏

木彫りの鶏がある。
名人が彫れば、生きているように彫れる。
じっと見つめても、心は読めない。
猫をけしかけても、同様の気配も示さない。
こんな木彫りの鶏を、双葉山は手本にしていたという。
この故事はもっと昔に、あったように思う。
日本の話だったか、中国のことだったかも今は思い出さない。
相手によって対応を変えれば、態度にも出る。

木鶏のごとくになることで自分の対応を悟られないようにしたいということではあるまい。
もっと昔の故事は、もっと自然体を解いていたように思う。
人によって対応をかえることなく、自らの自然体が全てに対応できるまで自分を高めることをもとめた。
それができれば、自らが木鶏になれると。
一流になるのは難しい。
名人上手になっても、つい色が出る。
凡人には、色を出すのが目的になるのか。
自然に振舞って、何の色も出ない境地にはただあこがれるばかりです。

2006年09月19日

平行線

昔から気になっていることに、平行線は交わらないという定義があります。
一定の範囲で交わらない二本線は、範囲を広げれば交わることもあるでしょうから平行線とはいえないでしょう。
そうすると、どこまで行っても(すなわち無限です)交わらない二本線が平行線ということになります。
しかし、これは証明できません。
無限とは、境界が無いのですから存在すると認識すること自体、矛盾では無いでしょうか。
無限とは、有限がなければ存在しません。
平行線とは、無限では交わるかもしれないが、有限の間では交わらないというのが正しい定義では無いでしょうか。

無限を肯定すれば、0(ゼロ)は存在しなくなります。
1を2で割っていけば永遠に割り続けることができます。
宗教家は無限を説くのかも知れませんが、存在できないことを前提にしているのかもしれません。
人間が認識できる以外のものは、存在しているかもしれませんが、それは人間にとって「無」です。
直線も存在するのでしょうか。
有限の中でしか存在しないでしょう。
無限では曲がっているかもしれませんから。
人は曲がりくねった一本道を、一直線に生きているように思えます。
この有限の果てを見られるのはいつになるでしょうか。
こんな時間つぶしをせずにしっかり働けという声が聞こえそうです。

2006年09月10日

歳をとりたくない大人たち

最近の大人(もう充分に老人です)たちは、昔に比べて歳をとるのが遅くなっていると感じているようだ。
昔の人に比べて年齢に0.8を掛けるくらいが丁度いいという人もいるようです。
はじめて歳をとっているのに何故判るのでしょうかね。
同じ年齢の人が増えているからそう思っているのでしょうか。
もっと政治的な話で、年金制度が破綻したからまだ若いと暗示に掛けているのでしょうか。
長生きはするようになりましたが、歳をとっていることには変わりは無い。
歳をとった生活が想像できないので、今の生活を先延ばしにしようとして八掛け説を唱えているのだろうか。

若いことを強調するのは、ある種の責任逃れにつながる。
そのほうが生きていきやすいと本能的に思っているのも知れない。
生物学的には、ネオテニー(幼形成熟)というのでしょうか。
子供のような大人。
大人がこの調子ですから、若者が大人になるはずも無い。
少子化を叫ぶ前に大人の大人化を図ったほうが速い。
幼稚園の発表会風の大臣が少子化担当だったと思いますが勘違いかも知れません。
未知の領域が広がっているのに、どんどん歳をとって新しい発見なり経験をしてみたくないのでしょうか。
ひょっとしたら、こんなことも保守化というのでしょうか。

2006年09月04日

ガン征圧月間

9月はガン征圧月間になっています。
ガンは1個の細胞が複数の発ガンにかかわる遺伝子の変化をおこして、始まります。
そのガン細胞がほかの臓器に広がったり、転移したりして、最終的にガンを抱えた人を死にいたらします。
細胞の遺伝子が変化することは、普通のことです。また環境の影響も、遺伝子の変化をきたします。
細胞は変化をおこした遺伝子を取り除く機能ももっています。
ですからガンを避けるためには、遺伝子の変化を起こしやすくする原因を避け、さらに遺伝子の変化を感知して取り除く働きの遺伝子を弱らせないようにする必要があります。

ガンは生活習慣病ともいわれます。
生活習慣が、細胞の遺伝子を変化させるためです。
さらに、慢性の炎症も関係しています。
胃に感染しているピロリ菌と胃ガン、B型やC型の肝炎ウイルスと肝臓ガン、パピローマウイルスと子宮ガンなどが有名です。また、白血病やリンパ腫をおこすウイルスも知られています。
慢性の炎症刺激が発ガンを起こすことは、100年近く前に、日本の山極、市川の両博士が世界で始めて実証しました。
がん予防には、多くの因子が関係していますが、研究は着実に進んでいるようです。

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