蓮井内科医院
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出処進退

 歳をとってくると、仕事の終え方が気になってくる。
 自分で納得できる仕事ができているかどうかがまずは問題になるけれど、自分で納得していればそれでいいのかという問題もでてくる。
 対人の仕事は自己満足では済まないけれど、自己評価は適正には行えない。信頼できる他者の評価がいいのだろうけれど、辛口の評価は耳に届きにくいし、手本にしたい人はさっさと隠遁してしまったのかと思うくらい。
 山の中で仕事をしているわけではないのだから、需要がなくなればそれまでと割り切ってもいいのだが、それまでの時間も無為なようにも思える。

 公職の場合は、自覚的には容易なのではないかと思う。
 自分が、他者の目でその公職を見ることができるわけだから、独立した自分の判断に従えばよいのだろう。替わってくれる独立した人は多い。
 問題は、公職だと思っていない場合に混乱がおきる。批判されることの意味が判らないのか理解できないのか。同じ組織でずっとやってきたら普通の生活の一部であり、普段の生活を公職とは思っていないということなのだろう。組織の都合があり、独立した行動は取れないのかもしれないが。はじめから公務と自(私)務の区別がないなら、なにも言うことはない。
 病気などで充分自分の力を尽くせなくても勤められる公職は、名誉職であり、誰でもいいわけでしょう。この場合は、他人の意見を聞くまでもなく、自分の判断だけでしょう。余計難しいかもしれませんが。

 最近、年齢、職業にかかわらず、いろいろな出処進退の判断をを見聞きして、わが身に当てはめて考えています。

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