蓮井内科医院
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2006年07月31日

皺(しわ)

 働けど働けどと云った人もいますが、手持ちぶたさでなんとなく手を見つめる事もある。そして、皮膚が縮緬状に萎縮しているのに気がついた。
手首を反らせてみるとよく分かるが、細かく輪になったヒダが指先に向かって押し寄せている。
布なら縮緬で高級なのかもしれないが、皮膚ではあからさまな老化の証拠になる。
想えば、長年海や山、テニスコート、ゴルフ場で紫外線にさらし続けたし、仕事では消毒薬で常に手を洗っていた。
そんなに長く使ってきたとは思っていなかったが、時間のたつのは速い。
少年老い易くとはこのことだ。
じっと手を見てもどうにもならぬ。皮膚の萎縮は全身におよんでいるのだろう。

 顔の皮も薄くなった。後は、深い皺が出てくるのを待つだけか。
これは、風船のように膨れていてはなかなか出てこないかもしれない。
中身も無く膨らませていれば、誤魔化せるかも知れない。
そんなつもりで食べているのではないが体重は減らない。すぐ増える。体表面積も増える。
寒さには強いが、暑さには弱い。
動きが悪くなるから、余計に重くなるし、足腰も痛い。悪循環を断たなければ体に悪い。
 体重を減らせば良い。。
無闇に膨れることも無いから、中身も相応になってくる。
身も心も軽くなれば、健康に近ずく。
 体表面積は変わらないから、当然皺が深くなる。空冷が効いて、暑さにも強くなる。

 深くて立派な皺は、健康の証になる。
 皺の深い人をあまり見かけなくなったと思うのは錯覚だろうか。

2006年07月27日

中庸

 中庸は徳とされています。儒教での中庸とは、きっと難しいに違いないので読んで似ようとはなかなか思い立ちません。私の頭で勝手に理解している「中庸」のイメージは真ん中とか偏らないとか位の理解です。これが寄り合いなどでの話し合いで中庸を目指したらどうなるでしょうか。中庸を旨とすると、いろいろな意見の真ん中に就こうとするのではないでしょうか。大勢の真ん中あたりが居心地がいいと思うと大体は体制に就くようになるのではないでしょうか。このような時は、わずかの偏ったというか、積極的な意見があれば、そちらのほうに重点がかかった結論が出るでしょう。また、別の少数の意見が出れば、そちらに傾くことになります。簡単な「中庸」を大勢が支持する場合は、少数の目指す方向に話がまとまります。

 世の中の流行とかムードとかはこんなことで右往左往とゆれているのではないかと感じます。それも、普通よりも大きな振幅で短時間にゆれているのではないでしょうか。子供は、さっき泣いていたのにもう笑ったですみますが、大人の場合にもこれでいい名でしょうか。ギャートルズという漫画で、原始人が土煙を上げて、右に左に走り回っている場面がありましたが、あれを見たときと同じ感覚になります。単純な「中庸」を守ることは、少数な偏った方向へ進むエンジンの役割になってしまいます。いくらパワーをあげても方向は少数派が握ってしまいます。「中庸」などと構えているよりも、見当違いでも自分の考えをもって、寄り合いに出たほうが、腑に落ちる方向が決まるし、きっと正しい方向になるのではないでしょうか。独立を保った人が、それぞれの経験を持ち寄って問題解決にあたったらかなり納得の行く解が見つかるでしょう。いるら偉い人が集まっても同じ立場の人ばかりでは、問題解決になら無いでしょう。専門家でも独立していなければ、問題は解けるどころか余計複雑になるのではないでしょうか。
 
 サプリメントなどの健康情報も、皆がやっているからなどと流行に乗っているといつの間にか梯子がなくなっていたりするかもしれません。

2006年07月19日

イチジクの葉

 イチジクのシーズンになりました。散歩中にもイチジクの枝から直接、実が出ているのが判ります。不思議といえば不思議な気もしますが、こっちのほうが、普通に実がなるのより古い形かもしれないと思ったりします。少し調べれば判るとは思いますが、今は実より葉っぱのほうです。
 西洋人にとっては、下着の始まりは、イチジクの葉っぱなのでしょうか。アダムとイブの絵にはイチジクの葉っぱが、必ずかどうか走りませんが描かれています。これもイチジクかどうか確認したわけではありませんが、記憶にはそう残っています。それで、何故イチジクの葉っぱなのだろうかと疑問になります。西洋ですから葡萄の葉でもよさそうに思いますがなぜか記憶はイチジクです。下着代わりにするわけですから、きっと手じかにあった葉っぱを使ったのでしょう。イチジクは枝を刺しておくだけですぐ着くそうですから、狩猟帰りにでも遊びでイチジクの枝を採ってきて家の横にでも植えたのでしょうか。

 農耕の始まる前に園芸があったそうですから、遊びでイチジクを植えていたのかもしれません。
 リンゴの実を食べてから、下着が欲しくなったのでしょうから、リンゴの葉っぱでは間に合わなかったのかもしれません。
 ひるがえって、東洋なり日本列島では下着はどうだったのでしょうか。南のほうではリンゴはなりませんから、下着の需要は遅かったのかもしれません。もし早くから需要があれば、イモの葉っぱかと想像しますがどうでしょうか。日本では、ふんどし位しか思いつきませんから、稲作後の縄ぐらいが下着の始まりでしょうか。
 江戸時代には、裸体禁止でも腰に縄を巻いていればOKだったそうですから、東洋人や日本人は禁断の木の実は、最近になるまで食べなかったのでしょう。

2006年07月16日

「おとな」

 大人と子供という言い方があります。これは年齢を基準に分けているのでしょうか。大人料金、子供料金という場合には、年齢を基準にしているのが多いのでしょうが、あるいは体積、容積も基準に入っているのかもしれません。
 「おとな」というときには、年齢が一応成人に達しているだけではだめでしょう。立ち居振る舞い、判断などが「おとな」の域に到達しなければ、いつまでたっても子供のままということになるのでしょうか。若くても大局を踏まえている人も多いですし、いつまでたっても若者のままの大人もいるということでしょう。
 指導的立場の人達が、「おとな」になっていなければ、危なっかしいことこの上ない気分です。 指導される立場としては、交感神経が緊張しっぱなしで、燃え尽きてしまいそうになります。

 昔から、「最近の若い者は、」という決まり文句はありましたが、最近は年齢的には充分で問題の無いと思える人に対しても、「最近の(「おとな」になれない)若い者は、」といいたいことが多すぎます。
 オフに事件がおきずにラッキーという(自分の立場の解らない)人。
 研究費で投資信託を買った(常識の無い子供)人。
 自分の発言を時系列で並べられない(大脳を使わずに条件反射でしゃべっているとしか思えない)人。
 大臣になっても委員会の意見を集約できない(学生の指導教官を超えられない)人。
 見て見ぬふりをしてトップに上り詰めてから、組織の風とうしを良くしたいという人。
 青春は、年齢ではないと自分でいう(普通は年寄りの冷や水か、ろうそくの消える前の輝きという)人。
 教育論を叫んだ人の処世術。
 
 いくらでも出てきてきりがありません。ぼやき漫才が出てこないのは身が持たないからでしょうか。燃え尽きてしまったからでしょうか。

2006年07月07日

出処進退

 歳をとってくると、仕事の終え方が気になってくる。
 自分で納得できる仕事ができているかどうかがまずは問題になるけれど、自分で納得していればそれでいいのかという問題もでてくる。
 対人の仕事は自己満足では済まないけれど、自己評価は適正には行えない。信頼できる他者の評価がいいのだろうけれど、辛口の評価は耳に届きにくいし、手本にしたい人はさっさと隠遁してしまったのかと思うくらい。
 山の中で仕事をしているわけではないのだから、需要がなくなればそれまでと割り切ってもいいのだが、それまでの時間も無為なようにも思える。

 公職の場合は、自覚的には容易なのではないかと思う。
 自分が、他者の目でその公職を見ることができるわけだから、独立した自分の判断に従えばよいのだろう。替わってくれる独立した人は多い。
 問題は、公職だと思っていない場合に混乱がおきる。批判されることの意味が判らないのか理解できないのか。同じ組織でずっとやってきたら普通の生活の一部であり、普段の生活を公職とは思っていないということなのだろう。組織の都合があり、独立した行動は取れないのかもしれないが。はじめから公務と自(私)務の区別がないなら、なにも言うことはない。
 病気などで充分自分の力を尽くせなくても勤められる公職は、名誉職であり、誰でもいいわけでしょう。この場合は、他人の意見を聞くまでもなく、自分の判断だけでしょう。余計難しいかもしれませんが。

 最近、年齢、職業にかかわらず、いろいろな出処進退の判断をを見聞きして、わが身に当てはめて考えています。

2006年07月06日

喫煙による多血

 市民検診が始まっています。会社での健康診断も順次進んでいると思います。検査結果で時々赤血球が多くなっている人がいます。気になってデータをもって相談にこられる人もあります。
 多血とは赤血球増加症のことです。
 赤血球増多症は、循環している赤血球が増加している絶対的赤血球増加症と、血液量(血漿量)が減少したために赤血球が増加したように見える相対的赤血球増加症とがあります。
 絶対的赤血球増加症には、血液幹細胞の腫瘍性増殖による真性赤血球増加症と、基礎疾患(肝臓、腎臓、心臓、肺などの病気)があって起こる二次性赤血球増加症があります。
 この二次性赤血球増加症のなかに、タバコ喫煙による、炭酸ヘモグロビンの増加による多血があります。

 赤血球のヘモグロビンはO2(酸素)と結合して、体の隅々まで酸素を運び、抹消からはCO2(二酸化炭素)を肺へ運んで、ガス交換を行います。しかし、タバコの煙の中に含まれる、CO(一酸化炭素)は、酸素よりもヘモグロビンに結合する力が強く、離れにくいため、酸素や二酸化炭素の運搬を阻害します。COが多すぎれば、一酸化炭素中毒で、酸欠のため死んでしまいます。慢性的にCOをすっていれば(喫煙です)、体は酸欠を補うために、赤血球を増やして対応しますが、これが多血になります。体は黙って酸欠に対処しても、喫煙が続く限り、徒労になります。
 高山では、酸素濃度が薄いため、体は赤血球を増やして対応します。この多血は有効です。
 
 喫煙をされる方は、今年の健康診断の結果をよく見て、赤血球の数に注意されてはいかがでしょうか。

 喫煙は慢性的な酸欠です。喫煙のCOは、家族、他人も巻き込みます。

2006年07月02日

猫に仕付けられる

 今年の正月に、毎日新聞日曜版のコラムで猫に仕付けられる話を読みました。
 今年の冬は寒さが厳しかったので室内で猫にえさをやっていても、なかなか暖かいところを離れないので、ついえさをそこまで運んでやったら次回よりそれまでの餌場に出てこなくなったという話でした。
 これは猫にかこつけて人間の世界をきりっとているようで、今でも事件話題を見聞きするたびに思い出して感心しています。後でコラムニストは女性哲学者と知りました。
 これは飼い主が気を回したり、相手の理由を思いやったときにおこることです。この猫の立場を積極的に利用している人間も多いようです。警察のほうから来た、消防署のほうから来た、などという詐欺の話は代表例でしょうか。

 同じようなことで、限定された情報を繰り返すことで、こちらに思い込ませるということもありそうです。
 カルト集団の例が典型でしょうが、テレビ、新聞などのマスコミ情報もある意味で注意が必要でしょう。
 また、宣伝を繰り返すことで思い込ませることを狙っているとしか思えないこともあります。ワイドショウなどは次の話題が出るまでは、意地でも同じ話題を続けてやろうと思っているのでしょうか。
 偉い(と思われている、ありいは思っている)人の中にも、意識的に定義をずらせて話をしたり、視点をずらせたりすることもあるようです。
 数の力で、ズレを正当化しようとしているとしか思えないこともあります。
 
 「とかくこの世は住みにくい」といったのは漱石だったでしょうか。

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