蓮井内科医院
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職業とはなんだろうか

 最近、日本人の職業意識がおかしくなっているのではないかと感じることが多くなりました。金を儲けて何が悪いと云った人もいます。書類、報告を創作して、ばれるとまだ正式文書ではないという人もいます。報告が来ていない、聞いていないという人もいます。責任をとるつもりもないようです。一応、きちんとした職業と目される人達でもこんな有様です。教育がおかしいという前に、自分たちの行動を見つめなければだめでしょう。子供の目には、建前ということはなく、異常が正常に映ってしまいます。
 職業をどう行うかは、かなり定義づけが難しいし、人それぞれかもしれません。
 かって、夏目漱石は、「人のためにするのが職業」と定義づけたそうです。自分のためにすることは、「趣味、道楽」です。日本的な感覚では全くの正当な考え方と思いますが、いかがでしょうか。他人に対しての仕事に徹することで、自分が存在することができるという考え方です。金銭は付随して入ってきます。金銭は、意識的に稼ぐものではありません。ところが、始めに書いたようなことを言う人達が増えてきたように思えます。何か変な感じを持ってしまいます。

 現在の日本人は、物事の尺度を単純にしすぎているのではないでしょうか。自分のために働く、自分のしたいことが見つからないという話を聞きますが、これは、自分の趣味、道楽が見つからないといっているようなものです。もし見つかって、実行しようとすれば、金銭的には出費になるはずです。
 大店の主人が義太夫節に凝って、自分の語りを人に聞かせたいと思う落語があります。そのために、酒肴を用意して、店子に案内を出すという噺ですが、これが世の中の道理でしょう。主人はそれでもかなり苦労をする羽目になりますが。
 他人が希望していることで、自分ができることをする。これは、最近では、ボランティアというのこも知れませんが、世の中の人が望まないことを職業にできるわけはありません。やれば犯罪です。この立場に立っても最近はおかしな物言いが流行っています。法的責任はない云々。
 物造りも、芸術作品も同じことではないでしょうか。他人と同じ構図で絵を描いて、色が違うという画家がいました。これは、人には売らないでしょうね。もし、持ってもらうのなら、酒肴付きでお願いしたのでしょう。買った人は、自分で望んだのでしょうか。値札の額が気に入ったのでしょうか。
 仏教では、「亡己利他」(もうこりた)というのだそうです。世間では「もう懲りた」。職業としての仕事の意味を考える必要はないでしょうか。金が全てでは、狐につままれたままなのかもしれませんし。 ネ・・・。

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