蓮井内科医院
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鏡、境・・・

鏡とか境とかの漢字のつくりの方は音が湧き出してくるような、あるいは走り出してくるような形で、神のコトバだそうです。人間が出すことばに対応する音でしょうか。人間の言にたいして、自然、神からの回答なのでしょう。釜鳴神事というのがあるようです。釜をたき、蒸気で音が出れば吉兆なのだそうです。日本では、自然現象はすべからく神の神託であり、自然とともに共存して生活するのが生き延びる最善の方法だったのでしょうか。そのための神との会話に使う音が「言」という字であらわされてきたのでしょう。口から音が出ているようにも見えます。神との会話ですので、言を左右するなどは考えもできないことであり、言質を置けば神懸けてということなのでしょう。綸言汗の如しとも言いますしね。ところが、最近は日本人もおしゃべりになってきたのでしょう。言が言葉になってしまいました。置くはずの言が葉っぱのように軽くなってしまい、置けなくなったのでしょうか。どこへ飛んで行ったの判らなくなることばかりです。昨日云ったことは、過去のことで、今言うことが最新版ですといわんばかりの話が多いですね。昔言ったことまで責任は取れませんよといわんばかりです。とくに一応えらいとされている人の話に。

葉っぱを信じてはいけないようです。昔から狐狸の類の通貨と決まっているようですから。もっとも、私などに話すことは、神でも何でもありはしないので、言を置くなどとは笑わせるなということなのかも知れません。こちらは誰が云ったのかをしっかり見極めるべきなのでしょうが、会ったこともない人を見極めるのは難しいものです。自分の周りを超えたところ(境を越えたところや、鏡の向こう)にいるのは神でしょうが、同時に魑魅魍魎もいるようです。明るいところを歩いてもらって、しっかり影ができるかどうか確認したほうがいいのでしょう。
最近のニュースから感じたことです。・・・これも言葉かなァ。

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