蓮井内科医院
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2006年04月30日

百花放斉

 四月も終わりになりました。旧暦では四月三日。明後日は八十八夜。初夏がスタートしています。 
 この時期の散歩は色とりどりの新芽や花などに出合えて目も鼻も清清と生き返るようです。今日は山つつじの沁みこむ様な赤と矢車草の青い花が印象的でした。タンポポの丸い綿毛も緑の中に白く散らばっていましたが、こちらはこれから飛んでいくのでしょう。これから、いろいろな花が一時に咲きそろってくるでしょう。どの花にも一年を乗り越えた強さのようなものを感じます。
 来年咲く花も同じように見えるでしょうが、きっと一年を乗り越えた別の花を見ているのでしょう。見ているこちらもきっと同じように見えても変化しているでしょう。どんな色を見ることが出来るか、楽しみにはしています。同じだったらショックが大きいと思います。変化を認められる感度が残っていることを希望しています。

 還暦を過ぎると、これから先の変化、あるいは感受性の低下がどのくらいの程度で進むのか予想がつきにくく心配になります。全然変わらなかったなどと感じたらどうしようかと思います。

 新緑は不安も強くするようです。

2006年04月26日

食塩の必要量

 現在の日本人は平均して一日に約14~15gの塩を摂っているそうです。一時期、食塩の摂取量を減らそうという運動があり、一日平均約12gくらいまで減っていたようですが、最近は再び摂取量が増えてきているようです。そこで人間は一日どれくらいの塩を摂る必要があるのでしょうか。生物として考えて見ましょう。
 太古の時代、生命は原始の海の中で誕生しました。そこの環境は海ですので、Na(ナトリウム:塩の成分)とCa(カルシウム)は豊富に存在しており、とくに摂取しようとする必要はありませんでした。むしろ他のK(カリウム)などの微量元素の方が不足になる恐れがある環境でした。その生命が、その後陸上にも生活圏を広げてきました。陸上の環境は、海中と異なり、水やNaやCaに乏しい環境であり、常に得られる保証はない環境です。そこで生活をするためには、NaやCaが得られなくても大丈夫というシステムを自分の体に用意する必要がありました。その役割をを腎臓が受けもつことによってやっと上陸することができました。

 腎臓は水やNaなどの量を厳密にコントロールする組織です。腎臓の機能が正常であれば、しばらく水が無くても、Naがなくても体外に排泄する量を減らして、体内の環境を一定に保ちます。また、摂りすぎても排泄を増やしてコントロールします。ですから、塩は、意識的に摂取しなければいけないものではありません。普通に食事を取っていれば、その中に含まれるNaの量で充分です。
 普通の状態で、野生動物は、狩による獲物だけで生活します。塩を摂る必要はありません。人間も同じです。特別に塩を摂る必要は無かったのです。ところが、食料を保存するために、塩蔵という技術を見つけました。また、労働(はじめは戦闘のため)のために塩を摂ると一時的に力が出ることに気がついたりして、食塩を取るようになってきたのです。塩を摂ると、交感神経が興奮して、体が非常事態、戦闘体制になるのです。
 食塩の一日の必要量は3g前後とされています。
 体のためには、意識的に食塩摂取をおとす必要があります。

 サラリーの語源は塩だそうです。皇帝の傭兵に塩を支給したことから後に給与という意味になったとのことです。

2006年04月21日

発熱と高体温

 体温は大脳の下についている視床下部という場所にある体温中枢で調節されています。発熱物質がここに作用してそのセットされているポイントを高いほうに移して発熱ということになります。
 発熱物質には細菌などが出すトキシン(外因性発熱物質)や、自分の細胞が出すサイトカイン(ホルモンのような物質)(内因性発熱物質)で熱が出ます。これらの物質は血流に乗って脳に到着してさらに内因性物質の合成を進めて、体温中枢に作用します。
 体温が上昇すれば、マクロファージ(白血球の種類です)が異物を取り込む作用(食菌作用)を高めます。
 発熱は、感染などのストレスに対する生体防御反応ですので、無闇に下げないほうがいいと思います。
 

 熱の出方にもいろいろあります。高熱(39℃以上)のことも微熱(37.0℃~37.9℃)のこともあり、短期のことも長期間続くこともあります。熱の出方、続き方は病気の種類によってかなり特徴的です。
 注意が必要なのは、体温計の種類によって高く表示されたり、低く出たりすることがあることです。測る場所場所(腋の下、口腔内、直腸温など)でも体温は異なります。水銀体温計の5分計がかなり正確です。1分計は体温の上昇具合で5分後の体温を推計して表示しますので高く出たり低くなったりしやすいようです。 
 このような病的発熱のほかに、体の熱の放散が傷害されて、体温の上昇(高体温)をきたすことがあります。日射病、熱射病が代表的です。命にかかわる緊急状態です。これから暑くなり、高体温をきたしやすくなりますが、注意すれば予防できますので、常に意識をしておくことが大事です。
 
 基礎データとして普段の自分の体温を知っておくとよいでしょう。

2006年04月19日

高層ビル

 遅ればせながら、東京都庁の展望階に昇ってきました。四十何階かにありました。四十階で大体二百メートルの高さになるそうですから、高松ではちょっとした山の高さになるかもしれません。到着後、何分かは揺れているのを感じましたが、その後は感じなくなりました。ほんとに揺れていたかといわれれば、証明は私の感覚だけですからなんともいえませんが、あれだけの高さに建てるのですから揺れないように建てるほうが難しいと思います。瀬戸内海で小舟に乗って揺られているような感覚でした。すぐに慣れたのか感じなくなったほうが驚きでした。
 毎日、あの高さで揺られながら(慣れて感じなくなっているでしょうが)働いている人は大変だろうと思います。重要な意思決定に影響もあるのではと心配しました。余計な情報(揺れ)を御しながらですから、判断が荒くなりそうな気がしました。ヨットなどで慣れている人もいるでしょうが、全員ではないでしょう。もっとも東京に住んでいる人は、多かれ少なかれ空中生活に慣れているのでしょう。あがったり下がったりでの移動が多かったですから。

 閉所恐怖症と高所恐怖症の身にとっては、田舎で地に足を着けていないと落ち着かないことを再確認しました。田舎で楽に動いていますので肥満に陥ることは十分予想できますが、頭も肥満しないようにとは思っています。
 山頂は気持ちがいいのですが、高層ビルは合わないと思いました。

2006年04月13日

花に嵐のたとえもあるぞ

 今年の春は天候不順のままに終わりそうです。
 彼岸の中日にツバメが到着して、巣をわずかに修復したのですが、すぐに冬に逆戻りしたかのような寒さになりました。ツバメが寒さに耐えられるか心配しましたが、よく考えてみると、本物の羽毛に包まれているわけですから案ずることは無かったと後で気がつきました。
 桜も関東で満開になってもこちらはまだまだでしたが、四月の声を聞いてやっと咲き始めましたが、満開になるのを狙ったように強風と雨がやってきました。その後は黄砂。雨がやんでも朝日は黄色く煙っていました。
 天気に合わせたように新年度がドタバタとスタートしました。色々制度も変更があったのでデータベースの設定をよたよたと済ませました。旧年度のデータはもうあまり見ることもなくなるでしょう。
 四月は新しいスタートの季節ですが、同時にスタートすれば別れですので、暮れなずむ空に肌寒さも感じてしまいます。

 花に嵐のたとえもあるぞ。さよならだけが人生だ。

 名訳だと思います。
 こんなセンスの文句を、詩でも何でもいいのですけどひとつだけでも作ってみたいと念願していますが無理でしょうね。才能の無いつらさも身に沁みる四月です。

2006年04月02日

人という字

 人という漢字は、人間同士がお互いに支えあっている形をしているという説が流布しているようです。
きっと誰かが人生訓のつもりで思いつきで持ち出したものでしょうが、漢字の説明としてはウソでしょう。もしそれが正しいのであれば、人は複数をあらわすことになります。また、もしそうとすれば素直に見ると、はじめの人が、次の人間によりかかっていて、後の人が前の人を支えている形に見えます。人と人の間に隙間が無く、擦れあっているようにも見えます。間が抜けて、擦れあって熱が出そうです。今の世の中に棲む人間の説明としては正しいかもしれません。
 人生訓としては、協調を説いたのでしょうが、今の世の中は、人を踏みつけても、上に立てというような皮肉な世界が広がっているように思えます。性善説と性悪説という言葉があるくらいですから、昔からあちらに振れたり、こちらに振れたりしているのでしょうが、今の世の中は、監視カメラの大増設時代です。

 本来の、人という漢字の形は、人間が、ぽつんとか、しっかりとかは知りませんが一人で立っている形だそうです。それも頭をうなだれて。ちょうど人偏(イ)の形でしょうか。夕日に照らされた自分の影を見て、人という字を当てたのでしょうか。自分で独立して生きていて、その日一日の充実を自分の影にみて、人という漢字を作り出したのかと想像をたくましくしてしまいます。
 間違っていても、のしかかるよりは、一本立ちのほうが感性にはあうように思います。

2006年04月01日

糖尿病の歴史と現在

 最近、糖尿病とその予備軍の人が、急激に増えてきています。
 糖尿病という病気事態は、昔から存在していました。異常に水をほしがり、また、小便の量が非常に増えてくることで、飲水病として認識されたようです。他にも、やせが出現したり、視力が衰えたり、手足のシビレや知覚障害をきたしてただならぬ病気と思われていたようです。平安時代の貴族の日記にこのような症状が書き残されているそうです。はじめは、水をほしがる病気であり、その後、時代が下ってくると、尿に糖が出ているのに気がつき、糖尿病という名前が与えられました。さらに、時代が下り、血液中の糖が非常に多くなっていることが発見されました。さらに下って、血液中の糖を下げるホルモンが発見され、インスリンと名付けられ、このホルモンを注射すると、病状が回復することが認められました。
 現在、血液中の糖を細胞(筋肉細胞、脂肪細胞)に取り込んで血糖を下げる作用を持っているものはインスリン以外にはありません。

 糖尿病は、水を飲む病気→尿に糖が出る病気→血液中の糖が高い病気→インスリンの量が足らない、あるいは作用(効き)が悪いために血糖が上がる病気というふに病気の解明が進んできました。現在の糖尿病の大部分は、インスリンの危機が悪い状態が続き、最終的にインスリンの分泌が悪くなる(量が足らなくなる)という経過をとります(Ⅱ型糖尿病)。この結果、糖尿病性網膜症(失明)、糖尿病性腎症(腎不全、人工腎臓による透析)、糖尿病性神経症(知覚マヒによるやけど、足の疼痛)、さらに血流障害による足の壊疽(足の切断など)の合併症をおこします。他にも、動脈硬化を悪化させ、心筋梗塞、脳梗塞の危険を数倍に増やします。
 20世紀の間は、糖尿病は治らない、進行を止めるだけ、といわれていました。しかし最近では、病気のメカニズムもかなりはっきりしてきましたし、使える薬もいろいろ開発されてきましたので、早期に前糖尿病状態を発見して、糖尿病状態にならないようにできる(生活習慣の改善も含めて)可能性が増えてきました。マスコミなどでいろいろ注意点が言われていますが、病気のメカニズムをおおずかみにでも理解をしたら、簡単に守れると思います。
 インスリンの働きはまた別に書いてみます。

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