蓮井内科医院
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お金の値打ち

 お金で買えないものは無いという人もいるようですが、本当でしょうか。百万円の札束も見たことの無い私には想像もつかないほどの額のお金を手に入れても、使い方にはあまりこれというのは無いようですね。皆同じようなことに使っているように見えます。実際に見たわけではありませんが、マスコミなどの人の口の端に上るのはどれも同じようなものです。車、ヨットなどが手始めで、自家用飛行機、今ははジェット機でしょうか。馬を持ったり、タニマチになったり。挙句は名画を手に入れ、死んだら一緒に焼いてくれだって。一生かかっても使い切れないほどもお金を稼いだ人の使い方としては、想像力が無さ過ぎるように思います。立派な人は、だまってきれいに使っているのでしょうが、こういう人の話は、こちらには届かないようです。

 大金の使い方に思い入れが少ないのは、なぜでしょうか。これはきっと、印刷法が発見されて、お札も手軽に印刷が出来るようになったからではないでしょうか。印刷法が発明されるまでは、文化にしても、芸術にしても、頼み込んで写本にさせてもらったり、実物を観るために長距離を旅したりすることが必要だったのでしょう。自分が手に入れたものには十分な思いがあったと思います。印刷が出来るようになると、写本などは見向きも去れず、大量印刷の本が出回り、大量の浮世絵がもてはやされたのでしょう。楽に手に入りますから。神も仏もお札で済まそうと思ったかどうかは知りません。お金も困ったから紙にしてしまったのでしょう。藩札は今も散見できますが、骨董か資料的価値のみだそうです。明治以後の紙幣も将来はどうなるのでしょうか。たくさん持っている人の使い方がずいぶん雑ですから、骨董的価値になってしまうのかもしれません。
 金で変えないものを手に入れた方がきっと価値があり、満足も大きいと思います。

 税金も骨董にならないですかねえ。

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